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2012年6月 5日 (火)

コロの記録

片付けていろいろな物を捨てるし記憶も薄れていくし、特に、検査結果はそのうち捨てると思うので、画像にして残しておこうかと思う。
自PCだと保管ミスで無くす事があるからブログに。

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(2006年5月)

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姪が小さい時に犬を欲しがり、犬のいる友達の家に入り浸るものだから、母が見かねて買いに行きました。(雑種貰えるアテが無かった) 2件目のお店で見た黒いワンコに決めました。黒ワンコは黒豆芝でした。購入後、血統書があると言われ、申し込めば血統書が送ってくると言われ、血統書を見たことが無かったので貰う事にしました。

正式な血統名はshineスターリンクと申します。

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お尻の白毛がダイヤ風のスターの形をしています。

1998年の10月末にやってきたこの子は我が家で最初にクロと名づけられました。
ところが1時間もしないうちに「苦労したら可哀想」とコロに変更。
変更しても苦労したけど・・・^^;

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(1998年11月29日 うちに来て1週間目位)

誕生日が9月の中でうちに来たのが11月下旬。この事から産まれてすぐに親から離されたと思います。体が強くないだろうと思いました。
前の犬は20年生きましたが、10年生きればいい方かなと思いました。

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(2005年12月)

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最初の病院は、インコを連れて行っていた総合病院でした。札幌を主にいくつかの病院があり、夜間診療や救急診療にも対応していて、トリミングもやっている病院でした。

2回目の診療からずっと同じ先生でしたが、数年後に実家の方で開業するといなくなり、ほぼ同時に当市の病院が撤退しました。

あまり遠くなくてトリミングもやってくれる病院をいくつか回ってみたのですが、「患蓄が多いので新規は受付けません」と言って断られました。
そこでトリミング無しの病院を探したところ、前の病院で一番最初に診てくれた先生が独立開業している病院を見つけ、そちらにお世話になることにしました。(断られませんでした)
トリミングとエサは前の系列病院に行く事にしました。たまたま姉の家の近くに病院が出来ていました。

最初の病院で薦められたアレルギー検査をしました。
後の病院でも、前の検査から年数が経っているからと、検査をしました。

アレルギー検査:4歳の時(2002年)(↓左) 12歳の時(2011年)(↓右)

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 陽性のものは「*」「**」「***」が付きますが、最も強い「***」は無いものの、
 「**」が多いのが特徴です。

それぞれの所見

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麦類・米類・コーンなど、大抵のエサにはどれか必ず入っている食材がアレルゲンなので厳しいです。

約1年前、散歩に行きたがらない話しをしたら血液検査をすることになりました。

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この検査により、甲状腺のお薬が処方されるようになりました。

今年の4月にも血液検査をしたばかりです。

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途中、薬やエサを変えて様子を見られたのですが、いずれも良い結果が出ず、結局最初のお薬に戻りました。

服用していた飲み薬(試した物は除く)
 ・十味敗毒湯エキス錠(漢方薬) (通年服用)
 ・チラージン (通年服用)
 ・名前不明 尿用の漢方薬 (通年服用)
 ・プレドニゾロン(ステロイド) (ここ2年ほどは通年服用)
 ・名前不明 ピンクのお薬 (酷くなると服用)
その他には耳の中に入れるお薬(耳中が腫れた時)も常時所持。

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若い頃より年をとってくると悪化するのは無理も無いでしょう。
最近では副作用が起こらないだろうと言われた量では症状を抑えられなくなっていました。

去年の秋くらいに初めて変な声を聞きました。低い声で搾り出す苦しい声です。
その頃からそろそろ限界なんだろうと思っていました。

去年の暮れとお正月を開けてからの2回の散歩の時、いつも行かない方向にどんどん黙々と歩き、いつも「帰ろう~」と言うと方向変換して帰るのに、言っても知らん顔でどんどん歩きます。とても嫌な気持ちになりました。それはまるで死に場所を探しているようでした。2回目の時に「うちで死んでいいんだよ」と言いました。

5月中旬を過ぎ、症状は一気に悪化し、奇声は増え、遠くに行かず近くで済ませるようになった散歩でさえ発するようになりました。
部屋では耐え切れずに小走りでぐるぐる回り、とても可哀想でした。
ここ数年、酷くなると注射をしてもらっていましたが、それもあまり効果がありませんでした。

最後の10日余りは、一番強い注射と量を通常時の8倍に増やしたお薬のおかげで、残りの日々はほとんど掻く事もなく、血だらけだった体にかさぶたが出来、ハゲハゲだった部分に短い毛が生えてきました。
ただ、ぼんやり気味で私一人で歩くと2・3分の距離の散歩(排泄)でさえ10分くらいかけるノロノロ状態でした。

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(亡くなる2日前)

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数年前から目や耳が遠くなっていたし、足腰が弱っていて平らな所でも足がカクっとなっていました。
夜の明かりの下ではエメラルドグリーンをした目が、いつの間にか緑色にならなくなり、近くで呼んでも気が付かなくなり、白髪がいっぱいで、老化が早いと思っていたけど、副作用もあったのでしょう。

最後の散歩でコロが見たのはうちの庭でした。
病院に行く前の散歩で、立ち止まってじっと眺めていました。
コロの好きな芝桜と黄色や朱色のツツジが日に照らされとても綺麗でした。

コロは知っていたのでしょう。
だからこの期間、家族に寄り添うように、ひっつき虫になっていました。
いつも家族の心配をして、家族の具合が悪いとシンクロしちゃう。
居間のベランダから外を監視して、散歩に行くと土地の管理してるようにチェックして。
うちにいたのは大変だったことでしょう。

ずっとコロに寄り添い見届けた、私にはとても辛い事でした。
先生に最初にその事を口に出した時から10日余り、涙の出ない日はありませんでした。
そして亡くなってからも。まだ涙の出ない日は来ませんが、近いうちに出ない日が来るでしょう。
狂い死のように、あるいは血だらけで排泄しっぱなしの汚い中で逝くより、苦しくなくゆるりとした時間を初めて過ごす事ができ、最後にいろいろな物を食べれて、家族に看取られ逝った、コロにとっても良かったのだと思います。

目の前で命が消えるのを見るのは初めてではなかったのに、今回は格別にずしんと来ました。

毎日、コロとの日々を思い出します。
初めて来た日の事、温泉から帰ったお昼寝の時にベッドに上がってきて一緒に寝た事、地震の夜に怖がって寝ている私の顔の上に座った事、散歩中にリードが手から外れいなくなり探した事、除雪後の雪山を(私が)死にそうになってコロについて走った事、眠そうな時に頭を撫でると安心してコテンと寝る姿 などなど。

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(2006年5月)

そのうち、この沢山の記憶が淘汰されて、ほんのいくつかしか残らなくなります。
だから今はいっぱい思い出すの。
細かい所まで書き残す事はしないし、それは無理だし無意味。

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(亡くなる1週間前)

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